教師をやめたい!悩みがあるあなたにおくる知ってほしいこと。

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生徒たちの間でよく聞かれる
「先生えこひいきしてる!」
「あの子はいいって言ったのに私はなんでだめなの?」
「なんで俺だけ言われるの?」など平等に関しての声が生徒たちからたびたび上がります。
そもそも先生だって人間ですから合う子、合わない子がいますよね。
でも教育現場での「平等」って果たしてなんなのでしょうか。

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平等って何?

どんな子供に対しても平等に扱うと言うのは言葉でわかります。
しかし実際に起こる出来事に対処する時「果たして平等な対応だったのだろうかこれで良かったのだろうか、、、」と疑問を抱き、答えが見つからない事は教育現場では少なくないのではないでしょうか。

友人経験談~

私の友人も運動会の競技について会議で提案すると体の少し不自由な子がいるクラスの先生に「そんな協議できるわけないでしょう。私のクラスの子供のことを少しは考えたらどうなのですか」といきなり怒鳴られてしまったらしいです。
彼女はその生徒を特別視せずに。。。提案しただけなのですが、彼女自身は、全く思いやりのない人間のような扱いを受けたと感じていました。
彼女は「私は自分が間違ってるとは思えないし、怒鳴られたことが忘れられないの。」と言っていました。
私はどちらの先生の意見もわかります。それは子供たちを大事に思ってるからこそ起きたすれ違いだと私は思います。

本当の平等とはどういうことなんでしょうか?

ある特定の子がいて、それをすることがその子にとって困難であれば、ほかの子供にもそれをさせない。あるいは、その特定の子に合わせてその子ができることをする。

これも確かにわかりやすい平等の形ではあります。

しかし、それは、運動会で言えばほかの子供が活躍できる場を奪っていると言う事でもあります。
特定の子供に合わせると、表面上は平等であるように思いますが別の側面から見ると大きな不平等とも抱えているのです。

私の意見~

私個人としてはクラスに特別に支援を必要とする子供がいる時その競技によってクラスの子供達が仲間として助け合う心を育てることができるのならそれが平等だと考えます。
誰々ができないからやめよう。誰ができて誰々はできない。
こういう言葉は、平等なんでしょうか?
お互いに助け合う心を育てる。
これこそが平等だと私も思います。
お互いに助け合う心が育てば子供たちが大人になったときに弱い立場の人たちを手助けできるでしょう。
このように、教育現場で学んだ事は、社会に出た時にも生かせると考えています。助ける方も助けられるほうも気持ちよく協力しあえる。弱者でも安心して暮らすことができる。
それが安全な社会と言う事では無いでしょうか。
平等という言葉に関しては答えはないと思います。様々な意見があるでしょうし、いろいろな立場から考えることもできます。
だから先生たちには自分自身の意見もいろんな人の意見も聞いてみて欲しいのです。
また否定されても、先程のケースでいえば、その子を特別視せずに提案できた事は良かったんだ!と自分の行動をプラスに受け入れて自分自身のことを認めて欲しいのです!
もしその競技をやったことで子供たちが協力し合う結果になればそれはとても素晴らしいと思います。
また先生たちもいっそう子供たちの心を育てることに力を注ごうと言う気持ちになるでしょう。

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自分に誇りをもとう

先程のケースで言うと怒鳴られた友人は怒鳴り返さなかったみたいです。
「怒鳴り返すのは大人げないと思ったので黙ったの!争いごとは嫌だしさ。」と言っていました。
私は彼女にあなたの対応は間違ってないと思うと伝えたところ彼女の顔に安堵の色が浮かびました。このケースの場合、何かをしましょう!と提案したほうが、何かを言われて嫌な気持ちになってしまいました。ただ相手の先生の心が未熟であると言うふうに考えると、わざわざ同じ土俵に上がって争うことはありません。むしろ相手の感情的な言葉に乗らないで、その場を収めることができた彼女に対して私は誇らしいと思ってほしいです。そうです。自分で自分のことを褒めてあげてください。これが自分の心を育てることなのです。自分自身に対して「言い返さなくてよかったよこれで正しかったね。」と自分自身に伝えてあげましょう。気持ちがとっても楽になりますよ。

最後に

平等の考え方に関してはそれぞれの考え方があると思います。
でも自分が間違っていないことには自信を持つことが大切です。すごく迷ったとき信頼できる先輩や上司に相談してみてください。答えが出なくてもヒントは必ず隠されていますよ!

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